岡本 綺堂
半七捕物帳
一
明治三十二年の秋とおぼえている。わたしが久松町の明治座を見物にゆくと、廊下で半七老人に出逢った。
「やあ、あなたも御見物ですか」
わたしの方から声をかけると、老人も笑って会釈した。そこはほんの立ち話で別れたが、それから二、三日過ぎてわたしは赤坂の家をたずねた。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内伊賀之助、小団次の天一坊という役割であった。
岡本 綺堂
一
明治三十二年の秋とおぼえている。わたしが久松町の明治座を見物にゆくと、廊下で半七老人に出逢った。
「やあ、あなたも御見物ですか」
わたしの方から声をかけると、老人も笑って会釈した。そこはほんの立ち話で別れたが、それから二、三日過ぎてわたしは赤坂の家をたずねた。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内伊賀之助、小団次の天一坊という役割であった。