岡本 綺堂
半七捕物帳
一
明治廿五年の春ごろの新聞をみたことのある人たちは記憶しているであろう。麹町の番町をはじめ、本郷、小石川、牛込などの山の手辺で、夜中に通行の女の顔を切るのが流行った。若い婦人が鼻をそがれたり、頬を切られたりするのである。幸いにふた月三月でやんだが、その犯人は遂に捕われずに終った。
その当時のことである。わたしが半七老人をたずねると、老人も新聞の記事でこの残忍な犯罪事件を知っていた。
「犯人はまだ判りませんかね」と、老人は顔をしかめながら云った。
岡本 綺堂
一
明治廿五年の春ごろの新聞をみたことのある人たちは記憶しているであろう。麹町の番町をはじめ、本郷、小石川、牛込などの山の手辺で、夜中に通行の女の顔を切るのが流行った。若い婦人が鼻をそがれたり、頬を切られたりするのである。幸いにふた月三月でやんだが、その犯人は遂に捕われずに終った。
その当時のことである。わたしが半七老人をたずねると、老人も新聞の記事でこの残忍な犯罪事件を知っていた。
「犯人はまだ判りませんかね」と、老人は顔をしかめながら云った。