芥川 竜之介
女仙
昔、支那の或田舎に書生が一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。すると、この書生の家の隣に年の若い女が一人、――それも美しい女が一人、誰も使わずに住んでいました。書生はこの若い女を不思議に思っていたのはもちろんです。実際また彼女の身の上をはじめ、彼女が何をして暮らしているかは誰一人知るものもなかったのですから。
或風のない春の日の暮、書生はふと外へ出て見ると、何かこの若い女の罵っている声が聞えました。それはまたどこかの庭鳥がのんびりと鬨を作っている中に、如何にも物ものしく聞えるのです。書生はどうしたのかと思いながら、彼女の家の前へ行って見ました。すると眉を吊り上げた彼女は、年をとった木樵りの爺さんを引き据え、ぽかぽか白髪頭を擲っているのです。しかも木樵りの爺さんは顔中に涙を流したまま、平あやまりにあやまっているではありませんか!
「これは一体どうしたのです? 何もこういう年よりを、擲らないでも善いじゃありませんか!――」
書生は彼女の手を抑え、熱心にたしなめにかかりました。