泉 鏡花
愛と婚姻
媒妁人先づいふめでたしと、舅姑またいふめでたしと、親類等皆いふめでたしと、知己朋友皆いふめでたしと、渠等は欣々然として新夫婦の婚姻を祝す、婚礼果してめでたきか。
小説に於ける男女の主客が婚礼は最めでたし。何となれば渠等の行路難は皆合※(「丞/(厄-厂)」、第4水準2-3-54)の事ある以前既に経過し去りて、自来無事悠々の間に平和なる歳月を送ればなり。
然れども斯の如きはたゞ一部、一篇、一局部の話柄に留まるのみ。其実一般の婦人が忌むべく、恐るべき人生観は、婚姻以前にあらずして、其以後にあるものなりとす。
渠等が慈愛なる父母の掌中を出でて、其身を致す、舅姑はいかむ。夫はいかむ。小姑はいかむ。すべての関係者はいかむ。はた社会はいかむ。在来の経験に因りて見る処のそれらの者は果していかむ。豈寒心すべきものならずや。