夢野 久作

空を飛ぶパラソル

その一 空を飛ぶパラソル

水蒸気を一パイに含んだ梅雨晴れの空から、白い眩しい太陽が、パッと照り落ちて来る朝であった。

ちょうど農繁期で、地方新聞の読者がズンズン減って行くばかりでなく、新聞記事の夏枯れ季節に入りかけた時分なので、私のいる福岡時報は勿論のこと、その他の各社とも何かしら読者を惹き付ける大記事は無いか……洪水は出ないか……炭坑は爆発しないか……どこかに特別記事は転がっていないか……と鵜の目鷹の目になっていた。そんなようなタヨリナイ苛立たしい競争の圧迫を、編輯長と同じ程度に感じていた遊撃記者の私は、ツイこの頃、九大工学部に起ったチョットした事件を物にすべく、福岡市外筥崎町の出外れに在る赤煉瓦の正門を、ブラリブラリと這入りかけていたのであったが、あんまり暑いので、阿弥陀にしていた麦稈帽子を冠り直しながら、何の気もなく背後をふり帰ると、ハッとして立ち止まった。

工学部の正門前は、広い道路を隔てて、二三里の南に在る若杉山の麓まで、一面の水田になっていて、はてしもなく漲り輝く濁水の中に、田植笠が数限りなく散らばっている。その田の中の畦道を、眼の前の道路から一町ばかり向うの鉄道線路まで、パラソルを片手に捧げて、危なっかしい足取りで渡って行く一人の盛装の女がいる。

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