田山 花袋

少女病

一

山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木の電車停留場の崖下を地響きさせて通るころ、千駄谷の田畝をてくてくと歩いていく男がある。この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には泥濘の深い田畝道に古い長靴を引きずっていくし、風の吹く朝には帽子を阿弥陀にかぶって塵埃を避けるようにして通るし、沿道の家々の人は、遠くからその姿を見知って、もうあの人が通ったから、あなたお役所が遅くなりますなどと春眠いぎたなき主人を揺り起こす軍人の細君もあるくらいだ。

この男の姿のこの田畝道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと画のように見えるころであったが、その櫟の並木のかなたに、貸家建ての家屋が五、六軒並んであるというから、なんでもそこらに移転して来た人だろうとのもっぱらの評判であった。

何も人間が通るのに、評判を立てるほどのこともないのだが、淋しい田舎で人珍しいのと、それにこの男の姿がいかにも特色があって、そして鶩の歩くような変てこな形をするので、なんともいえぬ不調和――その不調和が路傍の人々の閑な眼を惹くもととなった。

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