有島 武郎
親子
彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。
みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓を描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のここかしこに屯していた。年の老いつつあるのが明らかに思い知られた。彼はさきほどから長い間ぼんやりとそのさまを眺めていたのだ。
「もう着くぞ」
父はすぐそばでこう言った。銀行から歳暮によこす皮表紙の懐中手帳に、細手の鉛筆に舌の先の湿りをくれては、丹念に何か書きこんでいた。スコッチの旅行服の襟が首から離れるほど胸を落として、一心不乱に考えごとをしながらも、気ぜわしなくこんな注意をするような父だった。