折口 信夫

死者の書 続編(草稿)

山々の櫻の散り盡した後に、大塔中堂の造立供養は行はれたのであつた。

それでも、春の旅と言へば、まづ櫻を思ふ習はしから、大臣は薄い望みを懸けてゐた。若し、高野や、吉野の奧の花見られることのありさうな、靜かな心踊りを感じて居たのであつた。

廿七日――。山に著いて、まづ問うたのも、花のうへであつた。ことしはとり別け、早く過ぎて、もう十日前に、開山大師の御廟から先にも、咲き殘つた梢はなかつた。

かう言ふ、僅かなことの答へにも、極度に遜り降つた語つきに、固い表情を、びくともさせる房主ではなかつた。卑下慢とは、之を言ふのか、顏を見るから、相手を呑んでかゝる工夫をしてゐる。凡高い身分の人間と言ふのは、かう言ふものだと、たかをくゝつて居る。其にしても、語の洗煉せられて、謙遜で、清潔なことは、どうだ。これで、發音に濁みた所さへなかつたら、都の公家詞などは、とても及ばないだらう。この短い逗留の中に、謁見した一山の房主と言ふ房主は、皆この美しい詞で、大臣を驚した。其だけに、面從で、口煩い京の實務官たちと、おなじで何處か違つた所のある、――氣の緩せない氣持ちがした。

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