森 鴎外・森 林太郎
『新訳源氏物語』初版の序
源氏物語を現代の口語に訳する必要がありましょうか。この問題を解決しようと試みることは、この本の序文として適当だろうかと思われます。
単に必要があるかと申しますのは、精しくいえば、時代がそれを要求するかということになりましょう。それは迂濶なわたくしに取っては、難問題でございます。
わたくしはそれを避けて、必要か不必要かという問題を、わたくしの歯の立つ方角に持って行きたいと思います。どういう方角かというに、わたくしは問題をわたくし個人の上に移してしまいたいのでございます。
現在の口語に訳した源氏物語がほしいかと、わたくしが問われることになりますと、わたくしは躊躇せずに、ほしいと申します。わたくしはこの物語の訳本を切に要求いたしております。