菊池 寛
島原心中
自分は、その頃、新聞小説の筋を考えていた。それは、一人の貧乏華族が、ある成金の怨みを買って、いろいろな手段で、物質的に圧迫される。華族は、その圧迫を切り抜けようとして※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)く。が、※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)いたため、かえって成金の作っておいた罠に陥って、法律上の罪人になるという筋だった。
自分は、その華族が、切羽詰って法律上の罪を犯すというところを、なるべく本当らしく、実際ありそうな場合にしたかった。通俗小説などに、ありふれたような場合を避けたかった。自分は、そのために法律の専門家に、相談してみようと考えた。
自分は、頭の中で、旧友の中で法学士になっている連中を数えてみた。高等学校時代の知合いで、法学士になっている連中は、幾人もいることはいたが、郵船会社にはいって洋行したり、政治科を出て農商務省へ奉職したり、三菱へはいっている連中などばかりが思い浮んで、自分の相談に乗ってくれそうな、法律専門の法学士はなかなか思い当らなかった。その中に、ふと綾部という自分の中学時代の友人が、去年京都の地方裁判所をよして、東京へ来て、有楽町の××法律事務所に勤務していることを思い出した。上京当時、通知のハガキをくれたのだが、その××という有名な弁護士の名前が、不思議にはっきりと、自分の頭に残っていたのである。
自分は、綾部が、三高にいたときに会って以来、六、七年ぶりに、彼を訪ねた。彼は、学生時代と見違えるほど、色が白くなっていた。そして、三、四年の間検事をやっていた名残りが、澄んだ、そのくせ活気のない、冷たい目のうちに残っていた。彼は、快く自