甲賀 三郎
黄鳥の嘆き
一
秘密の上にも秘密にやった事だったが、新聞記者にかゝっちゃ敵わない、すぐ嗅ぎつけられて終った。
子爵二川重明が、乗鞍岳の飛騨側の頂上近い数百町歩の土地を買占めただけなら兎に角、そこの大雪渓を人夫数十人を使って掘り始めたというのだからニュース・ヴァリュ百パーセントである。
二川家は子爵の肩書が示している通り、大名としては六七万石の小さい方だったが、旧幕時代には裕福だった上に、明治になってからも貨殖の途が巧みだったと見えて、今では華族中でも屈指の富豪だった。然し、当主の重明は未だやっと二十八歳の青年で、事業などにはてんで興味がなく、帝大の文科を出てからは、殆ど家の中にばかり閉じ籠っているような、どっちかというと偏屈者だったが、それが何と思ったか、三千メートル近い高山の雪渓の発掘を始めたのだから、新聞が面白可笑しく書き立てたのは無理のないことである。