幸田 露伴

運命は切り開くもの

此処に赤ン坊が生れたと仮定します。其の赤ン坊が華族の家の何不足無いところに生れたとします。然する時は此の赤ン坊は自然に比較的幸福であります。又食ふや食はずの貧乏の家で、父たる者は何処かへ漂浪して終つて居るやうな場合の時、たゞ一人の淋しい生活をして居る婦人から生れたと致します。然る時はこの赤ン坊は自然に比較的不幸福であります。善事をした訳でも悪事をしたわけでも無くて、貴家に生れると窮乏の家に生れるとで其の赤ン坊の運命は大なる差があります。この大なる差を赤ン坊のせゐにするのは不道理でして、これは前定的運命を其赤ン坊が負うて居るのです。また同じ赤ン坊でも器量良く生れるのも、器量悪く生れるのもあります。誰も美しく生れたいと思つて生れたものも無く、醜く生れたいと思つたものも無い、天然自然に親にあやかり、又は先祖にあやかり、他の者にあやかつて生れるだけの事ですが、美しく生れたものは其の美しく生れたために、醜く生れたものとは自然に異つた運命を有する訳になります。ですから是は運命前定にちがひ有りません。

鄭伯のやうに生れ方が普通で無かつたために、奇妙な運命に絡まれた人もあります。鄭伯は寤生と云つて、(母の眠つてゐた間に生れた、即ち眠り産であつたといふ説と、逆さ子で難産であつたといふ説と二説ありますが)兎に角に母の気持を悪くした生れ方をした人ですが、其は勿論其の嬰児が特と然様した訳でも何でも有りません。ところが母は其の気持の悪かつたために、嫡子で有るに関らずこれに対して愛が薄くなるのを免れませんでした。そして其為に後から生れた弟の方を愛して、弟の方へ国を譲りたいやうな意が母に起りました。そこで大

青空文庫の作品カード