島崎 藤村
夜明け前
第八章
一
「もう半蔵も王滝から帰りそうなものだぞ。」
吉左衛門は隠居の身ながら、忰半蔵の留守を心配して、いつものように朝茶をすますとすぐ馬籠本陣の裏二階を降りた。彼の習慣として、ちょっとそこいらを見回りに行くにも質素な平袴ぐらいは着けた。それに下男の佐吉が手造りにした藁草履をはき、病後はとかく半身の回復もおそかったところから杖を手放せなかった。
島崎 藤村
第八章
一
「もう半蔵も王滝から帰りそうなものだぞ。」
吉左衛門は隠居の身ながら、忰半蔵の留守を心配して、いつものように朝茶をすますとすぐ馬籠本陣の裏二階を降りた。彼の習慣として、ちょっとそこいらを見回りに行くにも質素な平袴ぐらいは着けた。それに下男の佐吉が手造りにした藁草履をはき、病後はとかく半身の回復もおそかったところから杖を手放せなかった。