薄田 泣菫
魚の憂鬱
池のほとりに来た。蒼黒い水のおもてに、油のやうな春の光がきらきらと浮いてゐる。ふと見ると、水底の藻の塊を押し分けて、大きな鯉がのつそりと出て来た。そして気が進まなささうにそこらを見まはしてゐるらしかつたが、やがてまたのつそりと藻のなかに隠れてしまつた。
私はそれを見て、以前引きつけられた支那画の不思議な魚を思ひ出した。
私は少年の頃、よく魚釣に出かけて往つた。ある時、鮒を獲らうとして、小舟に乗つて、村はづれの池に浮んだことがあつた。
その日はどうしたわけか、釣れが悪かつた。私はやけになつて、すぐそこを游いでゐる三寸ばかりの魚を目がけて鈎を下した。そして無理やりに餌を魚の鼻さきにこすりつけようとして、ふと物に驚いて、じつと水の深みを見おろした。