高村 光雲
幕末維新懐古談
これから私のことになる――
私は、現今の下谷の北清島町に生まれました。嘉永五年二月十八日が誕生日です。
その頃は、随分辺鄙なむさくるしい土地であった。江戸下谷源空寺門前といった所で、大黒屋繁蔵というのが大屋さんであった。それで長屋建てで、俗にいう九尺二間、店賃が、よく覚えてはいないが、五百か六百……(九十六文が百、文久銭一つが四文、四文が二十四で九十六文、これが百である。これを九六百という)。
四、五年は別に話もないが……私の生まれた翌年の六月に米国の使節ペルリが浦賀に来た。その翌年、私の二ツの時は安政の大地震、三年は安政三年の大暴風――八歳の時は万延元年で、桜田の変、井伊掃部頭の御首を水戸の浪士が揚げた時である。――その時分の事も朧気には記憶しております。