芥川 竜之介
素描三題
一 お宗さん
お宗さんは髪の毛の薄いためにどこへも縁づかない覚悟をしてゐた。が、髪の毛の薄いことはそれ自身お宗さんには愉快ではなかつた。お宗さんは地肌の透いた頭へいろいろの毛生え薬をなすつたりした。
「どれも広告ほどのことはないんですよ。」
かういふお宗さんも声だけは善かつた。そこで賃仕事の片手間に一中節の稽古をし、もし上達するものとすれば師匠になるのも善いと思ひ出した。しかし一中節はむづかしかつた。のみならず酒癖の悪い師匠は、時々お宗さんをつかまへては小言以上の小言を言つたりした。