宮本 百合子
千世子(三)
(一)
千世子は大変疲れて居た。
水の様な色に暮れて行く春の黄昏の柔い空気の中にしっとりとひたって薄黄な蛾がハタハタと躰の囲りを円く舞うのや小さい樫の森に住む夫婦の「虫」が空をかすめて飛ぶのを見る事はいかにも快い身内の疲れを忘れさせて呉れる事だった。
あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上を歩きまわった。
宮本 百合子
(一)
千世子は大変疲れて居た。
水の様な色に暮れて行く春の黄昏の柔い空気の中にしっとりとひたって薄黄な蛾がハタハタと躰の囲りを円く舞うのや小さい樫の森に住む夫婦の「虫」が空をかすめて飛ぶのを見る事はいかにも快い身内の疲れを忘れさせて呉れる事だった。
あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上を歩きまわった。