宮本 百合子
湯ヶ島の数日
十二月二十七日 湯ヶ島へ出立。
すっかり仕度が出来上ったが余り時間がない。俥でことこと行くよりはと、フダーヤ老松町の通へ空車を捕えに出た。早朝なのでなし。かえって、一台だけ来た人力車にのって先へ出かけ、自分二十分も待たされて出発。列車は十時五十分に東京駅を出るというのに、飯田橋で時計を見ると、十五分しかない。自働車にのりかえ、やっと車室に乗込んだら直ぐ発車という程度で間に合った。
隣席に一青年在り。サンデー毎日らしいものの小説を読む。ただ読むのではない。色鉛筆を片手に、無駄と思うところ(らしい)数行ぐるりとしるしをつけ、校正のようにトルと記入し、よいと思うところ(らしい)には傍線を附す。至極深刻な表情を保って居る。
修善寺より乗合自働車。女の客引が客を奪い合う様子、昔の宿場よろしくの光景なり。然し、どれも婆。