田中 貢太郎
愛卿伝
胡元の社稷が傾きかけて、これから明が勃興しようとしている頃のことであった。嘉興に羅愛愛という娼婦があったが、容貌も美しければ、歌舞音曲の芸能も優れ、詩詞はもっとも得意とするところで、その佳篇麗什は、四方に伝播せられたので、皆から愛し敬われて愛卿と呼ばれていた。それは芙蓉の花のように美しい中にも、清楚な趣のあった女のように思われる。風流の士は愛卿のことを聞いて、我も我もと身のまわりを飾って狎れなずもうとしたが、※(「りっしんべん+(「甍」の「瓦」に代えて「目」)」、第4水準2-12-81)学無識の徒は、とても自分達の相手になってくれる女でないと思って、今更ながら己れの愚しさを悟るという有様であった。
ある年のこと、それは夏の十六日の夜のことであった。県中の名士が鴛湖の中にある凌虚閣へ集まって、涼を取りながら詩酒の宴を催した。空には赤い銅盤のような月が出ていた。愛卿もその席へ呼ばれて、皆といっしょに筆を執ったがまたたくまに四首の詩が出来た。
画閣東頭涼を納る
紅蓮は白蓮の香しきに似かず