田中 貢太郎
阿宝
粤西に孫子楚という名士があった。枝指のうえに何所かにぼんやりしたところがあったから、よく人にかつがれた。その孫は他所へ往って歌妓でもいると、遠くから見ただけで逃げて帰った。その事情を知ったものがうまくこしらえて伴れてきて、歌妓をそばへやってなれなれしくでもさすと、頸まで赧くして、汗を流してこまった。悪戯者どもはそれを面白がっていたが、後には諢名をつけて孫痴といった。
村に豪商があってそこの富力は大名とおんなじ位だといわれていた。従って親類も皆身分がよかった。その豪商に阿宝という女があって婿になる人を探していた。富豪のうえに女がその地方きっての美人であったから、豪家の少年達は争うて鴈の結納を持ちこんで婿になろうとしたが、どれもこれも女の父親の気にいらなかった。その時、孫は細君を亡くして独身でいたが、悪戯者の一人がまたそれに目をつけて、
「君は細君を亡くしているが、阿宝に結婚を申しこんではどうだね」
と言った。孫はふとその気になって自分の境遇のことも考えずに、とうとう媒をする婆さんに頼んで結婚を申しこんだ。