萩原 朔太郎
ラヂオ漫談
東京に移つてから間もなくの頃である。ある夜本郷の肴町を散歩してゐると、南天堂といふ本屋の隣店の前に、人が黒山のやうにたかつてゐる。へんな形をしたラツパの口から音がきれぎれにもれるのである。
「ははあ! これがラヂオだな。」
と私は直感的に感じた。しかし暫らくきいてゐると、どうしても蓄音機のやうである。しかもこはれた機械でキズだらけのレコードをかけてる時にそつくりで、絶えずガリガリといふ針音、ザラザラといふ雑音が響いてくる。何か琵琶歌のやうなものをやつてるらしいが、唱に雑音がまじつて聴えるといふよりはむしろ雑音の中から歌が聴えるといふ感じである。
ラヂオといふものを、大変ふしぎなもの、肉声がそのまま伝つてくるものと思つてゐた私は、この不自然な器械的の音声を、どうしてもラヂオとは思へなかつた。それにへんな形をしたラツパといふのも、蓄音機の電気拡声器として、以前から使はれてゐたものである。