林 芙美子
河沙魚
空は暗く曇って、囂々と風が吹いていた。水の上には菱波が立っていた。いつもは、靄の立ちこめているような葦の繁みも、からりと乾いて風に吹き荒れていた。ほんの少し、堤の上が明るんでいるなかで、茄子色の水の風だけは冷たかった。千穂子は釜の下を焚きつけて、遅い与平を迎えかたがた、河辺まで行ってみた。――どんなに考えたところで解決もつきそうにはなかったけれども、それかと云って、子供を抱えて死ぬには、世間に対してぶざまであったし、自分一人で死ぬのは安いことではあったけれども、まだ籍もなく産院に放っておかれている子供が、不憫でもあった。
吹く風は荒れ狂い、息が塞りそうであった。菱波立っている水の上には、大きい星が出ていた。河へ降りてゆく凸凹の石道には、両側の雑草が叩きつけられている。岸辺へ出ると、いつもは濡れてぬるぬるしている板橋も乾いて、ぴよぴよと風に軋んでいた。
窓ガラスのように、堤ぎわの空あかりが、茜色に棚引き光っていた。小さい板橋を渡って、昏い水の上を透かしてみると、与平が水の中に胸にまでつかって向うをむいていた。
「おじいちゃん!」