楠山 正雄

田原藤太

一

むかし近江の国に田原藤太という武士が住んでいました。ある日藤太が瀬田の唐橋を渡って行きますと、橋の上に長さ二十丈もあろうと思われる大蛇がとぐろをまいて、往来をふさいで寝ていました。二つの目玉がみがき上げた鏡を並べたようにきらきらかがやいて、剣を植えたようなきばがつんつん生えた間から、赤い舌がめらめら火を吐くように動いていました。あたり前の人なら、見ただけで目を回してしまうところでしょうが、藤太は平気な顔をして、大蛇の背中の上を踏んで歩いて行きました。しばらく行くと、後ろでだしぬけに、

「もしもし。」

という声がしました。その時はじめてふり向いてみますと、今までそこにとぐろをまいていた大蛇は影も形もなくなって、青い着物を着た小さな男が、しょんぼりそこに座って、おじぎをしていました。

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