宮沢 賢治
税務署長の冒険
一、濁密防止講演会
〔冒頭原稿数枚なし〕
イギリスの大学の試験では牛でさへ酒を呑ませると目方が増すと云ひます。又これは実に人間エネルギーの根元です。酒は圧縮せる液体のパンと云ふのは実に名言です。堀部安兵衛が高田の馬場で三十人の仇討ちさへ出来たのも実に酒の為にエネルギーが沢山あったからです。みなさん、国家のため世界のため大に酒を呑んで下さい。」(小学校長が青くなってゐる。役場から云はれて仕方なく学校を貸したのだが何が何でもこれではあんまりだと思ってすっかり青くなったな)と税務署長は思ひました。けれどもそれは大ちがひで小学校長の青く見えたのはあんまりほめられて一そう酒が呑みたくなったのでした。なぜならこの校長さんは樽こ先生といふあだ名で一ぺんに一升ぐらゐは何でもなかったのです。みんなはもちろん大賛成でうまいぞ、えらいぞ、と手をたゝいてほめたのでした。税務署長がまた見掛けの太ったざっくばらんらしい男でいかにも正直らしくみんなが怒るかも知れないなんといふことは気にもとめずどんどん云ひたいことを云ひました。実際それはひどい悪口もあってどうしてもみんなひどく怒らなければならない筈なのにも係はらずみんなはほんたうに面白さうに何べんも何べんも手を叩いたり笑ったりして聞いてゐました。
そのはじめの方をちゞめて見ますとこんな工合です。