森 鴎外

空車

むなぐるまは古言である。これを聞けば昔の絵巻にあるような物見車が思い浮かべられる。

すべて古言はその行われた時と所との色を帯びている。これをそのままにとって用いるときは、誰もその間に異議をはさむことはできない。しかしそうばかりしていると、そのことばの用いられる範囲がせばめられる。この範囲はアルシャイスムの領分を限る線によって定められる。そしてそのことばは擬古文の中にしか用いられぬことになる。

これは窮屈である。さらに一歩を進めて考えてみると、この窮屈はいっそう甚だしくなってくる。なぜであるか。いまむなぐるまということばを擬古文に用いるには異議がないものとする。ところで擬古文でさえあるなら、文の内容がなんであろうと、古言を用いていいかというに、必ずしもそうでない。文体にふさわしくない内容もある。都の手振だとか北里十二時だとかいうものは、読む人が文と事との間に調和をかいでいるのを感ぜずにはいない。

この調和は読む人の受用を傷つける。それは時と所との色を帯びている古言が濫用せられたからである。

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