森 鴎外

余興

同郷人の懇親会があると云うので、久し振りに柳橋の亀清に往った。

暑い日の夕方である。門から玄関までの間に敷き詰めた御影石の上には、一面の打水がしてあって、門の内外には人力車がもうきっしり置き列べてある。車夫は白い肌衣一枚のもあれば、上半身全く裸※(「ころもへん+呈」、第3水準1-91-75)にしているのもある。手拭で体を拭いて絞っているのを見れば、汗はざっと音を立てて地上に灑ぐ。自動車は門外の向側に停めてあって技手は襟をくつろげて扇をばたばた使っている。

玄関で二三人の客と落ち合った。白のジャケツやら湯帷子の上に絽の羽織やら、いずれも略服で、それが皆識らぬ顔である。下足札を受け取って上がって、麦藁帽子を預けて、紙札を貰った。女中に「お二階へ」と云われて、梯を登り掛かると、上から降りて来る女が「お暑うございますことね」と声を掛けた。見れば、柳橋で私の唯一人識っている年増芸者であった。

この女には鼠頭魚と云う諢名がある。昔は随分美しかった人らしいが、今は痩せて、顔が少し尖ったように見える。諢名はそれに因って附けられたものである。もう余程前から、この土地で屈指の姉えさん株になっている。

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