森 鴎外

柵草紙の山房論文

我に問ふ、何故に久しく文を論ぜざるかと。我は反問せむとす、何故に久しく論ずべき文を出さゞるかと。我が文學上の評論をなさんといひし誓は、今やいたづら事になりなむとす。其咎果して誰が上にか歸すべき。

露伴子はその著當世外道の面に於いて、柔弱者の口を藉りて我に戲れていはく。鴎外は技術論者にして、唯學校教師たるに適すと。是言善く我病に中れり。然れども今の世のありさまは、文を論ずる人に理を説かしむるを奈何せむ。こはわれ一人の上にはあらじ。

近刊の新聞雜誌中、論ずべき文少からざるべし。我眼豆の如く、葡萄の如くにして未だこれを發見せず。幸に今人が文を論じたる文數篇を獲たれば、一日千朶山房に兀坐して、聊又これを論ず。

逍遙子の諸評語

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