夢野 久作
難船小僧
船長の横顔をジッと見ていると、だんだん人間らしい感じがなくなって来るんだ。骸骨を渋紙で貼り固めてワニスで塗上げたような黒いガッチリした凸額の下に、硝子球じみたギョロギョロする眼玉が二つコビリ付いている。マドロス煙管をギュウと引啣えた横一文字の口が、旧式軍艦の衝角みたいな巨大な顎と一所に、鋼鉄の噛締機そっくりの頑固な根性を露出している。それが船橋の欄干に両肱を凭たせて、青い青い秋空の下に横たわる陸地の方を凝視めているのだ。
そのギロリと固定した視線の一直線上に、巨大な百貨店らしい建物の赤い旗がフラフラ動いている。その周囲に上海の市街が展開している上をフウワリと白い雲が並んで行く。
……といったような無事平穏な朝だったがね。昭和二年頃の十月の末だったっけが……。
足音高く船橋に登って行った俺は、その船長の背後でワザと足音高く立停まった。