夢野 久作
近眼芸妓と迷宮事件
俺の刑事生活中の面白い体験を話せって云うのか。小説の材料にするから……ふうん。折角だが面白い話なんかないよ。ヒネクレた事件のアトをコツコツと探りまわるんだから碌な事はないんだ。何でも職務となるとねえ。下らないイヤな思い出ばっかりだよ。
その下らないイヤな思い出が結構。在来の名探偵大成功式の話じゃシンミリしない。恐ろしく執念深いんだなあ。
それじゃコンナのはどうだい。どうしても目星が附かないので警視庁のパリパリ連中が、みんな兜を脱いだ絶対の迷宮事件が一つ在るんだ。所謂、完全犯罪だね。そいつが事件後丸一年目に或る芸妓のヒドイ近眼のお蔭で的確に足が付いた。すぐに犯人が捕まったってえ話はどうだい。珍らしいかね。実はこれは吾々にとっちゃ実に詰まらん失敗談だがね。探偵談なんていうのも恥かしいくらいトンチンカンな、単簡明瞭な事件なんだが……。
なお面白い……ずるいなあ、とうとう話させられるか。