夢野 久作

スランプ

――ぷろふいる社御中――

申訳ありません。このあいだ御下命の原稿、一度、御猶予願っておきながら、まだ書けずにおります。ひどいスランプに陥ってしまったのです。

いささか広告に類しますが、私はスランプに陥った経験がまだ一度もないのです。

九州日報社で編輯と外交の中ブラリンをつとめております時分に、新聞専門家の間に名編輯長として聞こえていた、同時に自由詩社の元老として有名な加藤介春氏から、神経が千切れる程いじめ上げられた御蔭で、仕事に対する好き嫌いを全然云わない修業をさせられました。死ぬほどイヤなお提灯記事、御機嫌取り記事、尻拭い原稿なぞいうものを、電話や靴の音がガンガンガタガタと入り乱れるバラックの二階で、一気に、伸び伸びと書き飛ばし得る神経になり切っていたのです。自分の筆を冒涜し、蹂躙する事に、一種の変態的な興味と誇りとさえ感じていたものでした。

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