横光 利一

汚ない家

地震以後家に困つた。崩れた自家へ二ヶ月程して行つてみたら、誰れだか知らない人が這入つてゐた。表札はもとの儘だ。其からある露路裏の洋服屋の汚い二階を借りた。それも一室より借れなかつた。ある日菊池師が朝早く一人でひよこつと僕の家へ来られた。二三週間した日、師は、

「君の家を書いた。」と云はれた。

「どこです。」と訊ねると、中央公論とのこと。

公論を見ると「震災余譚」と云ふ戯曲が出てゐて、舞台がそつくり僕のゐる内の洋服屋であつた。人物も洋服屋の人物そつくりで、一人の老母が出て来るがあれは僕の母らしかつた。「震災余譚」が沢正一派で天幕劇場にかかつたとき、下の洋服屋にそのことを云つて、見に行つて来てはと云ふと、喜んで行つた。しかし帰つて来てから洋服屋は失望してゐた。

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