若山 牧水
樹木とその葉
それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味
眞實、菓子好の人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさをば酒は持つてゐないかも知れない。一度口にふくんで咽喉を通す。その後に口に殘る一種の餘香餘韻が酒のありがたさである。單なる味覺のみのうまさではない。
無論口であぢはふうまさもあるにはあるが、酒は更に心で噛みしめる味ひを持つて居る。あの「醉ふ」といふのは心が次第に酒の味をあぢはつてゆく状態をいふのだと私はおもふ。斯の酒のうまみは單に味覺を與へるだけでなく、直ちに心の營養となつてゆく。乾いてゐた心はうるほひ、弱つてゐた心は蘇り、散らばつてゐた心は次第に一つに纒つて來る。
私は獨りして飮むことを愛する。