内藤 湖南

弘法大師の文芸

弘法大師の事に就きましては、年々こちらで講演がありまして、殊に今日見えて居ります谷本博士の講演は、私も拜聽も致し、又其の後小册子として印刷せられましたものも拜見いたしました。それで先づ弘法大師に關する總論と申しますか、兎に角弘法大師に關する全般の觀察に就きましては、殆ど谷本博士の講演に盡きて居りますので、其の外に別に新らしい事を見付け出し得ようと云ふことはありませぬ。其の後矢張り同僚の一人松本博士などからも、何か密教に關する講演がありましたさうです。それは私共一體分りませぬことでありますから、是はどうせ讀んでも分らぬと思つて、餘り拜見も致しませぬ。それから又是はこちらで講演をせられたものではないのでありますけれども、印刷物として配布せられたのに、幸田露伴博士の何か小册子がありましたやうで、是も弘法大師の文學上に關係したもので、是も一通りは拜見いたしました。何れも皆結構なもので、何も其外に私が今日新らしく申上げようと云ふことはありませぬ次第でございます。

所で何の研究でもさうでありますが、初めに總論のやうなものが出來ますと、それからあとの研究は段々、自然細かい所へ入り過ぎて仕舞ふ。其の細かい研究と云ふものは、研究者本人に取つては隨分相當に面白いことがあると思ひましても、一般の人が聽きますと、何か研究者自身が一人だけ分つたことを言つて居るやうになりまして、餘り興味が多くないと云ふやうなことになる傾きがあります。それで弘法大師の文學上の事に就きましても、既に大體の總論に於きましては、谷本博士の講演があり、又幸田博士の文學上に對する意見も發表せられて居りますから、其のあとで私が何か申さ

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