大杉 栄
征服の事実
樗牛全集の中に、ブランデスの何かの本から抜いた、次の文がある。
「少なくともヨーロッパの四大国民の名は、いずれもみな外国の名である。フランスの名称は、ライン河の西岸に棲んでいたフランク人から来たもので、この国民の祖先たる古のケルト人とは、何の因縁もないのである。イギリスの名は、もとドイツの一地方から来たもので、アングロサクソン民族とは、何の血族上の連絡もないのである。ロシアの名は、もと北方の起原で、スカンジナビアの一民族たる、ロゼルの転訛したものである。プロシャはプロイセンというスラブの一蛮族の名で、十二世紀の終り頃に、ドイツにはいったのである。」
この事実は、僕が今ここに述べようとすることと、あるいは関係のあるものもあり、あるいはさほどに関係のないのもあるかも知れぬ。けれども、これを読んだ時の僕自身に取っては、これが深い社会事実を思わせる、力強い暗示であったのである。
征服だ! 僕はこう叫んだ。社会は、少なくとも今日の人の言う社会は、征服に始まったのである。