芥川 竜之介
仙人
この「仙人」は琵琶湖に近いO町の裁判官を勤めてゐた。彼の道楽は何よりも先に古い瓢箪を集めることだつた。従つて彼の借りてゐた家には二階の戸棚の中は勿論、柱や鴨居に打つた釘にも瓢箪が幾つもぶら下つてゐた。
三年ばかりたつた後、この「仙人」はO町からH市へ転任することになつた。家具家財を運ぶのは勿論彼には何でもなかつた。が、彼是二百余りの瓢箪を運ぶことだけはどうすることも出来なかつた。
「汽車に積んでも、馬車に積んでも、無事には着かないのに違ひない。」
この仙人はいろいろ考へた揚句、とうとう瓢箪を皆括り合はせ、それを琵琶湖の上へ浮かせて舟の代りにすることにした。(その又瓢箪舟の中心になつたのはやはり彼の「掘り出して来た」遊行柳の根つこだつた。)天気は丁度晴れ渡つた上、幸ひ風も吹かなかつた。彼はかういふ瓢箪舟に乗り、彼自身棹を使ひながら、静かに湖の上を渡つて行つた。