芥川 竜之介
鵠沼雑記
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。その又僕の枕もとには妻と伯母とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」と言つた。妻や伯母はとり合はなかつた。殊に妻は「このお天気に」と言つた。しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。
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僕は全然人かげのない松の中の路を散歩してゐた。僕の前には白犬が一匹、尻を振り振り歩いて行つた。僕はその犬の睾丸を見、薄赤い色に冷たさを感じた。犬はその路の曲り角へ来ると、急に僕をふり返つた。それから確かににやりと笑つた。
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