芥川 竜之介
東洋の秋
おれは日比谷公園を歩いてゐた。
空には薄雲が重なり合つて、地平に近い樹々の上だけ、僅にほの青い色を残してゐる。そのせゐか秋の木の間の路は、まだ夕暮が来ない内に、砂も、石も、枯草も、しつとりと濡れてゐるらしい。いや、路の右左に枝をさしかはせた篠懸にも、露に洗はれたやうな薄明りが、やはり黄色い葉の一枚毎にかすかな陰影を交へながら、懶げに漂つてゐるのである。
おれは籐の杖を小脇にして、火の消えた葉巻を啣へながら、別に何処へ行かうと云ふ当もなく、寂しい散歩を続けてゐた。
そのうそ寒い路の上には、おれ以外に誰も歩いてゐない。路をさし挾んだ篠懸も、ひつそりと黄色い葉を垂らしてゐる。仄かに霧の懸つてゐる行く手の樹々の間からは、唯、噴水のしぶく音が、百年の昔も変らないやうに、小止みないさざめきを送つて来る。その上今日はどう云ふ訳か、公園の外の町の音も、まるで風の落ちた海の如く、蕭条とした木立の向うに静まり返つてしまつたらしい。――と思ふと鋭い鶴の声が、しめやかな噴水の響を圧して、遠い林の奥の池から、一二度高く空へ挙つた。