島崎 藤村
足袋
「比佐さんも好いけれど、アスが太過ぎる……」
仙台名影町の吉田屋という旅人宿兼下宿の奥二階で、そこからある学校へ通っている年の若い教師の客をつかまえて、頬辺の紅い宿の娘がそんなことを言って笑った。シとスと取違えた訛のある仙台弁で。
この田舎娘の調戯半分に言ったことは比佐を喫驚させた。彼は自分の足に気がついた……堅く飛出した「つとわら」の肉に気がついた……怒ったような青筋に気がついた……彼の二の腕のあたりはまだまだ繊細い、生白いもので、これから漸く肉も着こうというところで有ったが、その身体の割合には、足だけはまるで別の物でも継ぎ合わせたように太く頑固に発達していた……彼は真実に喫驚した。
散々歩いた足だ。一年あまりも心の暗い旅をつづけて、諸国の町々や、港や、海岸や、それから知らない山道などを草臥れるほど歩き廻った足だ。貧しい母を養おうとして、僅かな銭取のために毎日二里ほどずつも東京の市街の中を歩いて通ったこともある足だ。兄や叔父の入った未決檻の方へもよく引擦って行った足だ。歩いて歩いて、終にはどうにもこうにも前へ出なく成って了った足だ。日の映った寝床の上に器械のように投出して、生きる望みもなく震えていた足だ……