川端 茅舎
夏の月
一
水天宮様の真上の方に月があつて、甘酒屋から蛎浜橋までゆく横丁の片側を照らしてゐた。其頃は今より市中は電灯が暗くて月が大変に明るかつた。橋の近くの米屋と炭屋との電灯は特別に暗いもんで米屋の小僧と炭屋の小僧とは月の往来で遊んでゐた。月に照らされた米屋の小僧は白く炭屋の小僧は黒かつた。往来する人々も縁台に涼んでゐる人々も、月に照らされておの/\濃い影ぼうをば引摺つてゐた。それほど月は明るかつた。
魚屋、紙屋、焼芋屋、漬物屋、三味線屋、古道具屋、提灯屋、パン屋、下駄屋、牛肉屋といふやうな順序で並んでゐる側は月を屋根に脊負つてゐるのだつた。
魚屋は宵の口から流しを洗つて了つてゐたけれども、其隣の紙屋の小僧はおそくまで封筒を張つてゐた。