小島 烏水
白峰山脈縦断記
緒言
前年雨のために失敗した白峰山登りを、再びするために、今年(四十一年)は七月下旬高頭式、田村政七両氏と共に鰍沢へ入った、宿屋は粉屋であった、夕飯の終るころ、向い合った室から、一人の青年が入って来た、私たちが、先刻から頻に白峰、白峰と話すのを聞いて、もしやそれかと思って、宿帳で、姓名を見てそれと知った、というので同行を申し込まれたのである、大阪高等工業学校の生徒、倉橋藤次郎氏である、一人でも同行者を増した心強さは、言うまでもない。
翌朝例の通り、人夫を※(「にんべん+就」、第3水準1-14-40)って、西山峠を越えた、妙法寺の裏から、去年とは違った道――北海とも、柳川通りともいうそうだ――を登った、そうしてデッチョウの茶屋の前で、去年の登り道と一ツに合った。
このたびは霧がなかった、紫の花咲くクカイ草、蘭に似た黄色の花を垂れるミヤマオダマキが、肉皮脱落して白く立っている樅の木を、遠く見て、路傍にしなやかに俯向いている、熊笹が路には多い。