林 芙美子
朝夕
わかればなしが持ちあがるのも、すべてはゆきなりの事だと、芯から声をあげて、嘉吉もなか子もあはあはあはと笑ひあつたのだが、嘉吉の心の中には、ゆきなりとは云ひぢよう、ゆきなりの事だと云ひきれないものがあつたし、なか子の心のうちには、これからひとり者になつてゆく淋しさを愉しんでゐるふうな、そんな吻つとしたところがあつた。で、ふたりが、いまさらゝしく声をたてゝ笑ひあふのも、これでおしまひだねと云つた風に、嘉吉は久須を引き寄せて、茶を淹れながら、ま、お前は気の軽い女だから俺ほどには思ふまいが、たよりだけは屡々くれるやうにと、二つの湯飲茶碗の糸底を、猫板の上にかつん、かつんと音をさせて並べた。
「まだ、あんたはそんなことを云つてゐるのね。わかれてしまふつて云つたところで、お互ひ、よくなつてゆけば、またかうして一緒になれるンですよ。あんまり※(「月+奏」、第3水準1-90-48)理のこまかいこと云ふもンぢやないわよ、悲しくなるぢやないの‥‥」
「ふゝん、悲しくなるか、だが、わかればなしを持ちだしたのはあんたぢやないか」
なか子は黙つてゐた。切角気持ちよく、さつきはあんなにあはあは笑へたのに一寸拍子が逆になると、嘉吉の方が弱り出してしまふので、それが、なか子には余計に歯がゆく思へる。――嘉吉はそこへ寝そべつて、いまさらゝしく四囲を眺めてゐたが、風に吹かれてゐるやうな女の顔を見ると、これが四年も連れ添つてゐた女なのかと思ひ、額に浮んでゐる小皺のやうなものにも、まるで、手擦れのした道具のやうな愛惜を感じた。