林 芙美子
谷間からの手紙
第一信
まるで、それは登山列車へでも乗つてゐるやうでありました。トンネルを抜けるたび、雲の流れが眼に近くなつて、泣いたあとの淋しさを感じてゐます。
「貴女のいらつしやる町はあれなンでせうね」
さう言つて、東京から一緒だつた兵隊さんが、谷間に見える小さい部落を指さします。まるで、子供の頃見たパノラマのやうに、森や、寺や、川や、学校がチンマリとして、農家の小さい庭には木槿や百日紅、をどりこ草、黄蜀葵、サルビヤなどが盛りで、あんなに東京を離れることを淋しがつてゐた私も、まづ、こゝろ長閑になりました。