寺田 寅彦
異郷
ウェルダアの桜
大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出させる。
船が着いてから小さな丘に上って行った。丘の頂には旗亭がある。その前の平地に沢山のテエブルと椅子が並べてあって、それがほとんど空席のないほど遊山の客でいっぱいになっている。テエブルの上には琥珀のように黄色いビイルと黒耀石のように黒いビイルのはいったコップが並んで立っている。どちらを見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。
高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡いている。その中に日の丸の旗のあるのが妙に目に立って見えた。