寺田 寅彦
Liber Studiorum
一
震災後復興の第一歩として行なわれた浅草凌雲閣の爆破を見物に行った。工兵が数人かかって塔のねもとにコツコツ穴をうがっていた。その穴に爆薬を仕掛けて一度に倒壊させるのであったが、倒れる方向を定めるために、その倒そうとする方向の側面に穴の数を多くしていた。準備が整って予定の時刻が迫ると、見物人らは一定の距離に画した非常線の外まで退去を命ぜられたので、自分らも花屋敷の鉄檻の裏手の焼け跡へ行って、合図のラッパの鳴るのを待っていた。その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越えて、今にも倒壊する塔のほうへ、そんなことも知らずにうそうそひもじそうに焼け跡の土をかぎながら近寄って行くのが見えた。
ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積した。
ステッキを倒すように倒れるものと皆そう考えていたのであった。