寺田 寅彦

記録狂時代

何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延した。この結果としてこの一年間にいろいろの珍しいレコードが多数にできあがった。それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事が机上の小冊子の中で見つかったから紹介する。

シカゴ市のある男は七十九秒間に生玉子を四十個まるのみしてレコードを取ったが、さっそく医者のやっかいになったとある。ずっと昔、たしか南米で生玉子の競食で優勝はしたが即死した男があった。今度のレコードは食った量のほかに所要時間を測定してあるのが進歩である。時間が無制限ならば百や二百の生玉子をのむのは容易である。

ウィーンのある男は厳重なる検閲のもとにウインドボイテル(軽焼きまんじゅうの類)を六十九個平らげた。彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。

こういう種類の競技には登場者の体重や身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも思われるが、そうしないところを見ると結局強いもの勝ちの世の中である。

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