森 鴎外
青年
壱
小泉純一は芝日蔭町の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場から上野行の電車に乗った。目まぐろしい須田町の乗換も無事に済んだ。さて本郷三丁目で電車を降りて、追分から高等学校に附いて右に曲がって、根津権現の表坂上にある袖浦館という下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。
此処は道が丁字路になっている。権現前から登って来る道が、自分の辿って来た道を鉛直に切る処に袖浦館はある。木材にペンキを塗った、マッチの箱のような擬西洋造である。入口の鴨居の上に、木札が沢山並べて嵌めてある。それに下宿人の姓名が書いてある。
純一は立ち留まって名前を読んで見た。自分の捜す大石狷太郎という名は上から二三人目に書いてあるので、すぐに見附かった。赤い襷を十文字に掛けて、上り口の板縁に雑巾を掛けている十五六の女中が雑巾の手を留めて、「どなたの所へいらっしゃるの」と問うた。