太宰 治
道化の華
「ここを過ぎて悲しみの市。」
友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑へ。ああ、友はむなしく顏をそむける。友よ、僕に問へ。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。もつと言はうか。ああ、けれども友は、ただかなしき眼もて僕を眺める。
大庭葉藏はベツドのうへに坐つて、沖を見てゐた。沖は雨でけむつてゐた。
夢より醒め、僕はこの數行を讀みかへし、その醜さといやらしさに、消えもいりたい思ひをする。やれやれ、大仰きはまつたり。だいいち、大庭葉藏とはなにごとであらう。酒でない、ほかのもつと強烈なものに醉ひしれつつ、僕はこの大庭葉藏に手を拍つた。この姓名は、僕の主人公にぴつたり合つた。大庭は、主人公のただならぬ氣魄を象徴してあますところがない。葉藏はまた、何となく新鮮である。古めかしさの底から湧き出るほんたうの新しさが感ぜられる。しかも、大庭葉藏とかう四字ならべたこの快い調和。この姓名からして、すでに劃期的ではないか。その大庭葉藏が、ベツドに坐り雨にけむる沖を眺めてゐるのだ。いよいよ劃期的ではないか。