与謝野 晶子
帰つてから
浜松とか静岡とか、此方へ来ては山北とか、国府津とか、停車する度に呼ばれるのを聞いても、疲労し切つた身体を持つた鏡子の鈍い神経には格別の感じも与へなかつたのであつたが、平沼と聞いた時にはほのかに心のときめくのを覚えた。それは丁度ポウトサイド、コロンボと過ぎて新嘉坡に船の着く前に、恋しい子供達の音信が来て居るかも知れぬと云ふ望に心を引かれたのと一緒で自身のために此処迄来て居る身内のあるのを予期して居たからである。鏡子の伴は文榮堂書肆の主人の畑尾と、鏡子の良人の靜の甥で、鏡子よりは五つ六つ年下の荒木英也と云ふ文学士とである。畑尾は何かを聞いた英也に、
『ああさうです、さうです。此処に来てゐる筈です。』
と[#「と」は底本では「ど」]点頭きながら云つて、つと立つて戸口を開けて外へ出た、英也も続いて出て行つたらしい、白つぽい長外套の裾が今目を過つたのは其人だらうと鏡子は身を横へた儘で思つて居た。目の半は氷を包んで額へ置いたタオルで塞がれて居るのである。
『あつ、坊ちやんが来やはつた。』