渡辺 温
アンドロギュノスの裔
――曾て、哲人アビュレの故郷なるマドーラの町に、一人の魔法をよく使う女が住んでいた。彼女は自分が男に想いを懸けた時には、その男の髪の毛を或る草と一緒に、何か呪文を唱えながら、三脚台の上で焼くことに依って、どんな男をでも、自分の寝床に誘い込むことが出来た。ところが、或る日のこと、彼女は一人の若者を見初めたので、その魔法を用いたのだが、下婢に欺かれて、若者の髪の毛のつもりで、実は居酒屋の店先にあった羊皮の革袋から※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)り取った毛を燃してしまった。すると、夜半に及んで、酒の溢れている革袋が街を横切って、魔女の家の扉口迄飛んで来たと云うことである。
頃日読みさしのアナトール・フランスの小説の中にこんな話が出ていた。
魔女の術をもってしても、なお斯の如きままならぬためしがある。
だが、たとえば、アメリカの機械靴の左右を合わせるのに、ほんの寸法だけで左足の堆積と右足の堆積とから手当り次第に掴み取りして似合の一対とするように、人間が肢を八本もっていたアンドロギュノスの往古に復り度い本能からばかりならば、幾千万の男と幾千万の女との適偶性もまた幾千万と云わなければならない。思うに天のアフロバイテを讃える恋の勝負は造化主の意思の外にあるのであろう。神さまは、ただ十文半の黄皮の短靴の左足は十文半の黄皮の短靴の右足こそ応わしけれ、と思し召すだけに違いない。