水野 仙子
悔
ある地方の郡立病院に、長年看護婦長をつとめて居るもとめは、今日一日の時間からはなたれると、急に心も體も弛んでしまつたやうな氣持ちで、暮れて行く廊下を靜かに歩いてゐた。
『おや、降つてるのかしら。』
彼女は初めて氣がついたやうに窓の外を見て呟く。冷え/″\として硝子のそとに、いつからか糸のやうに細かな雨が音もなく降つてゐる、上草履の靜かに侘びしい響が、白衣の裾から起つて、長い廊下を先へ/\と這うて行く。
彼女が小使部屋の前を通りかゝつた時、大きな爐の炭火が妙に赤く見える薄暗い中から、子供をおぶつた内儀さんが慌てゝ聲をかけた。